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大江千里から学ぶ人生のステップアップ術 【ポップスからジャズピアノへの転向】

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大江千里といえばポップスのシンガーソングライターとして活躍していた姿を思い浮かべる方が多いと思いますが、今や本格的なジャズピアニストとしてデビューしていることはご存知でしょうか。

しかもジャズ転向は、47歳のときです

今回は人生の大きな決断の裏でどのように行動するのか、大江千里さんの例を通じて考えてみると同時に、ポップスからジャズへ転向することのすごさについても解説します。

大江千里のデータベース

まず大江千里というアーティストの経歴等に簡単に触れていきましょう。

ルーツ

ピアノは3歳から習い始めたクラシックピアノがルーツ。ギルバート・オサリバンの「Alone Agein」に影響を受けてポップソングに目覚めたとされています。

カフェラン
カフェラン
「Alone Agein」は僕も大好きな曲です!ギルバート・オサリバンはピアノ弾き語りスタイルの代表的アーティストともいえます

ポップスアーティストとして全国区に

1983年に『ワラビーぬぎすてて』という曲でデビュー。その後「十人十色」や「格好悪いふられ方」などのヒットにより全国区の人気アーティストとして知られることになります。フジテレビの月9ドラマにも出演するなど俳優などもこなしていましたね。

カフェラン
カフェラン
ポップス時代は意外にもピアノ弾きながら…ではなく激しいダンスをしながらのライブが多い印象です。その過剰なまでの元気っぷりwに加え、笑顔もステキで観ている方も元気になれるアーティストでした

楽曲提供

個人的には他のアーティストへの楽曲提供、つまり作家としての活動も印象的です。特に渡辺美里とのコラボでは多くの名作があります。


大江千里作曲の「10years」。 本人もピアノで参加したこのライブ。振り返った美里さんの表情(2:35あたり)が印象的で、二人の絆を感じさせます。

このような人気も活動も順調のなか、突如としてジャズピアニストへの転向を宣言し、2008年アメリカに拠点を移すことになります。アーティスト生活25周年目のことです。

ジャズピアニストへの転向

ジャズピアニストへの夢

実はジャズには15歳に頃に出会っていました。ジャズ特有のハーモニーや色彩感、そして自由なフレーズに魅了され、ジャズアーティストのレコードを買いあさり、テキストを買って理論の勉強まで始めていたといいます。

しかしちょうどポップスのアーティストとしてメジャーデビューが決まったことで、一旦その夢は脇に置いておくことになります。

そこからは私たちもよく知る大江千里としての活躍があるわけですが、40代に入り、母親、親友、愛犬が同じ時期に亡くなります。

こういった出来事を通じて、命には限りがあることをまざまざと見せつけられます。1回しかない限りある人生を後悔なく生きるには、何かやり残したことがないか常に意識するようになったといいます。

そのような日々の中で、以前借りていたことのあるニューヨークのアパート近くにある「ザ・ニュースクール・フォー・ジャズ」という音楽スクールのWEBサイトを何気なく見ていたら、海外からも受験可能ということで、勢いのまま応募し合格、2008年1月に渡米することになったのです。

上記で「何気なく」と書いていますが、偶然米国のWEBサイトを目にすることもそうないでしょう。ずっと脇に置いてある夢、現状へのモヤモヤ感、一度しかない人生…そういった思いが重なって、こういう行動に繋がったのだと思います。

カフェラン
カフェラン
ポップスではある程度やりきった…という思いもインタビューで語ってしました
ここでのポイント
  • 夢を持ち続けること
  • 機会を逃さない行動力

しがらみを抜けていかに行動するか

「ジャズを挑戦したい」「夢を叶えたい」…気持ちとしては十分理解できるものです。しかし社会を生きていると様々なしがらみもあり行動が制限されるのはよくあることです。

ししょー
ししょー
逆にそのしがらみを行動しない理由にしていることもよく見かけるよな。

大江千里の場合はどうでしょう。実はロングランコンサートの日程も決定済みだったといいます。通常であれば所属事務所からコンサートが終わってからにしてください、となるはずが、

以下がアメリカ行きを相談した際、当時のマネージャとの会話です。

マネージャ
マネージャ
行ったほうがいいですよ
大江千里
大江千里
(え、止めないんだ…)
マネージャ
マネージャ
大江さんがジャズをやりたいのは知っていましたから、絶対行ったほうがいいですよ
大江千里
大江千里
でも年末にライヴやイベントが決まっているから、それをやり切ってからのほうがいいと思うんだけど
マネージャ
マネージャ
いや、これから全部キャンセルしますよ。ちょっと上に掛け合って、辞める準備をしておきますよ
大江千里
大江千里
(えぇー本当に止めないんだ!)

こうしてコンサートのキャンセルだけでなく、事務所との契約も解除、ファンクラブも解散、ということになり、まさに退路を断つ、という流れになります。

本人は当時を振り返り、インタビューで次のように述べています。

みんなと当時の話をすると、やっぱり相当驚いたらしいのですが、その時は僕がかなりシリアスで、絶対行くぞという強い決心の塊に見えたんでしょうね。そんな決心の塊がありながらも、どこかに誰かにちょっとくらい引き留めてもらって、そういう押し引きがあるんじゃないかと思っていたら一切なく(笑)。でも、いい時期だったんだと思います。

引用:YAHOO Japan

カフェラン
カフェラン
自分の信念というか強い思いは、やはり周りに伝わっているものなんですね。多くを語る必要はなかったということなのかもしれません。

それにしてもこれまでの活動と並行しながらスキルとしてジャズを習得する…とはではなく、これまでのキャリアを捨てて、プロのジャズピアニスト一本で勝負する…これは並大抵の覚悟ではできない決断だと個人的に思います。

それだけに、周りの対応はいい後押しになったことでしょう。

ここでのポイント
  • 次のステップに進む前に、今目の前にある物事をキレイにしておくのが基本
  • とはいえ、そこにこだわり過ぎても前に進めない
  • そのためには周りの理解が必要。
  • 理解を得られるかは、普段の行動にかかる部分が大きい
ししょー
ししょー
「あいつがそう言うんじゃしょうがないよな」となるかどうか

ニューヨークでの挫折

ニューヨーク

希望をもって渡米した大江千里でしたが、待っていたのは孤独な日々でした。

ニューヨークでの日々をこう振り返っています。

自分は音楽のプロとして勝負してきた人間だから、米国でも多少は勝負できる、仲間に入れると思っていたのですが、とてもそうはいかなかった。最初のオリエンテーションの日に音を出した時点で、自分だけアウェーにいることがはっきり分かりましたね。ステージから降りてきた時点で、僕の周りからさぁっと人がいなくなって。

引用:日経トレンディ インタビュー

言葉も通じない、音楽的にもついていけない、練習のしすぎで左手を負傷…様々な逆境の中でNYの日々を過ぎしていたようです。

カフェラン
カフェラン
周りに追いつくために凄まじい努力をしたようです。結果的に手を故障してしまいましたが、それだけの気迫だったと言うことです

ジャズの難易度

前述したように、大江千里は元々ポップスというフィールドでピアノを弾いていた、プロのシンガーでありピアニストなわけです。

ピアノの経験がない人からすればポップスだろうがジャズだろうが、同じピアノなら曲が違うだけだから弾けるんじゃないの?…と思われるかもしれません。

ところがこれが大違いなのです。

音楽としてのジャズピアノとポップスピアノを比べて、どちらがすごいか…を論じることにあまり意味はないでしょう。

ただ技術的な面でいくと、ジャズピアニストがポップスを弾くより、ポップスピアニストがジャズを弾く方がハードルが高いことは確かです。

参考までにクラシックとジャズを比較した記事です。ジャンルによって同じピアノでも大きく異なることがお分かりいただけると思います。

クラシックピアノとジャズピアノ
ジャズピアノとクラシックピアノ…それぞれの違いと魅力を徹底比較!世の中には様々な音楽ジャンルがありますよね。ロック、ポップス、ラテン、ブルース、EDM、演歌…などなど。 それらのジャンルの中でも...

ジャズとポップスの奏法上の違い

ピアノを弾く様子

①コード

まず使用されるコード。ポップスでは三和音や7thを加えた四和音というオーソドックスなコードが中心です。

対してジャズではオーソドックスな三和音というのはほぼ使用されず、9thや11th、13thを加えたテンションコードが中心です。

単純に音のバリエーションが多いだけでなく、ジャズらしさを出すためには効果的な使いどころを覚えなければいけません。

②リズム

いわゆるJPOP等の商業的な音楽では4拍子を基調としたオーソドックスなリズムが多いです。

対してジャズはハネるリズムに特徴があります。別の言い方で”スウィング”ともいいますが、ジャズ特有の裏ノリをうまく体得することで、いわゆる”ジャズらしさ”を出すことができます。

1拍を3連符に変換して考えると分かりやすいです。

ジャズのリズム譜例

ただ一般的に日本人はこの裏拍のリズムをとることを苦手としています。コンサートでも自然とでる手拍子は一番頭に入りますよね。このあたりを突き詰めると民族的な生き方だったりの話にも及んでしまうので、一般的には馴染みがない、という理解でいいと思います。

大阪生まれで河内音頭を聞いて育った大江千里もこの例にもれず、ジャズと全く逆のリズムでカウントする癖があり、ジャズの家庭教師には初回のレッスンで、「あなたの音楽はとても魅力的だけど、ジャズじゃない。血を全部入れ替えないといけない」といわれたようです。

③アドリブ

ジャズをジャズたらしめるのはこのアドリズです。

ポップスのアーティストは楽曲制作を行いCD等の音源として発表します。それをコンサートで披露しますが、そこで披露する曲は譜面化され、プレイヤーはそれに沿って演奏する。という枠組みが決められているのが基本です。

コンサートの観客も、その曲が聴きたくて足を運びます。

でもジャズは違います。その日、その時、その瞬間しか弾くことのできない、そして聴くことができないフレーズや雰囲気を楽しむ音楽なのです。

以上①~③以外にもありますが、ジャズで必要となる理論やテクニック、考え方やスタイルがポップスとは大きくことなるため、すぐに対応できなくても無理はなかったでしょう。

ジャズピアニストとしての現在

上手くいかないNYの生活の中で、スクールの前に行くと「行きたくない」という気持ちが膨れ上がってきた。

そんなとき次の方法で自分を奮い立たせたようです。

日本で役者としてドラマに出ていた時のように、”前向きなちょっと年が上のジャズなお兄ちゃん”というキャラ設定して演じ、一呼吸おいてスクールの門をたたく

カフェラン
カフェラン
自分で設定したキャラを演じる…自分を客観視することでちょっと冷静になれるんだと思います。コレ、自分も使う事あります
ここでのポイント
  • 新しい世界は当然すぐにはうまくいかないことが多い。
  • くさらず、粘り強く
  • 評価や批判などがダイレクトに飛び込んでくると気持ちが疲弊してとても辛い。千里さんのキャラ設定のように、ある程度客観視できる工夫も有効

 

そんな日々を過ごすうちに、ぽんと肩をたたかれ「いい演奏をするじゃん、ちょっとやらない」とか、先生が「ちょっとジャズになってきたね」という声をもらえるようになったり、徐々に仲間や人の輪が広がっていったようです。

こうして4年半かけて音楽大学を卒業した大江は、その後アメリカで自主レーベルを立ち上げ、ニューヨークで月1回のペースでライブを開催しています。

こうしてジャズピアニストとして拠点である本場アメリカはもちろん日本でも公演を行うようになり、アルバムも定期的に発表できるまでになった今、ジャズピアニストへの道をこう例えています。

ひとつ鍵が見つかってドアを開けると、その先にまたドアがたくさんあって、またその中のひとつを開けるとまたドアが増えるというか。だから本当に死ぬまでに辿り着けないんじゃないかと思います。学校を卒業する時に、最後のドアを開けて卒業証書をもらった時、あれはまだ山の麓なんだとわかってがっくり、みたいな(笑)。日本を発ってもうすぐ10年、山の麓から5合目あたりに向かってはいるけど、でもなんか山全体がどんどん高くなってるような気がしています、正直なところ。

――山頂がどんどん上へ上へと。

大江 そうなんです。でも56歳でこんなに楽しい、日に日に疑問を解く楽しみが増えていく音楽に出会えたというのは、ある意味ラッキーなことだと思っています

引用:YAHOO Japan

カフェラン
カフェラン
一生追い求めるもの…というのは本当にそう思います。それにしても「56歳でもこんなに楽しい~」というセリフはカッコいいですね!

「Boys & Girls」は自身のポップス時代の名曲をジャズアレンジしたアルバムです。今になってポップスが生きています。

 

まとめ

成功している人生を一旦リセットし、新しい世界にチャレンジする。それも47歳という年齢。なかなか出来ることではないでしょう。

「後悔しないように今努力する」という言葉はよく聞く言葉ですが、ここまで実践している人もそうそういないのでは、と思ってしまいます。

色々な苦労はあったはずですが、ジャズピアニストとしてピアノを弾いている様子を見ると、本当に楽しそうで、心から好きなことをやっている姿を感じるとることができます。

こういった生き方から頂いた刺激を、是非自分の生活にも取り入れていきたいですね。